ウイスキーにハマった人の多くが、どこかのタイミングで「こじれた時期」を経験します。
- シングルモルトこそ至高だと思っていた頃
- 特定の産地や飲み方だけを正解だと感じていた頃
- 人に語れるかどうかを基準に選んでいた頃
SNSを見ていると、こうした価値観は決して珍しくありません。
「あ、これ自分だ」と思った人も少なくないはずです。
ではなぜ、ウイスキーは一度“こじれやすい”のか。その背景を整理してみます。
SNSでよく見る「至高主義」の正体


○○こそ本物

「△△が分からないのはまだ浅い」
こうした言葉は強く見えますが、多くの場合、味そのものよりも 「自分がどこに立っているか」を示したい気持ちの表れではないでしょうか。
- 自分の好みが、どの立ち位置に属しているのか
- どこまで分かっている側だと言えるのか
- その場で語れる人間かどうか
ウイスキーは、こうした境界線を作りやすい酒でもあります。
なぜウイスキーは“こじれる”のか

知識が増えると、評価軸が欲しくなる
原料、製法、熟成、産地。
知識が増えるほど、「何を基準に美味しいと言うか」を決めたくなるのかもしれません。
- ウイスキーはストレートで飲むのが最も情報量が多く、 それ以外の飲み方は本質から外れると感じてしまう時期。
- ウイスキーではモルトウイスキーが語られる場面が多く、シングルモルトこそが基準になる時期。
評価軸を持つこと自体は悪いことではありませんし、 むしろ一度はそこを通るからこそ見えてくるものもあります。
それが唯一の基準になると、選択肢は一気に狭くなることが多いです。
強烈な体験・感動が価値観を変える
多くの場合、こじれる背景には 「これこそ完璧だ」と思える味や体験に出会ったことがあります。
それがシングルモルトだったり、 特定の産地、あるいはアイラモルトだったりと形はさまざまです。
ところが 強い納得感を得た分だけ、そこに向かって一直線になりやすいのだと思います。
本人としては知識を深め、視野が広がっているつもりでも、 気付かないうちに飲み方や価値観の選択肢を自分で狭めてしまっていることも少なくありません。
少数派に属したくなる心理
メジャーな選択よりも、分かる人だけが選ぶもの。
あえて難解で、あえて少数派な選択をすることで、 自分がどの段階にいるのかを確かめたくなる時期があります。
少数派に属することは、 どこか誇らしくもあり、同時に安心できる感覚でもあります。 「分かっている側に立てている」という安心感にもつながります。
ウイスキーは知識量や文脈によって評価が分かれやすく、 この心理と非常に相性が良い酒です。
語れる自分になりたい欲求
味の説明ができる。 産地や背景を語れる。
ただ飲んでいるだけではなく、 「ちゃんと分かって飲んでいる自分」でありたい。
そんな気持ちが前に出てくる段階は、 振り返ってみると、多くの人が一度は経験しているのではないでしょうか。
特にウイスキーの場合、「まだまだ深みがあるんだ」と気付かされる場面が多くあります。
知れば知るほど、さらに奥が見えてくる。
その結果、はまればはまるほど選択肢が増え、 自然と嗜好がこじれていくのだと思います。
なぜ嗜好は変わっていくのか
味覚よりも「飲む目的」が変わる
最初は刺激や分かりやすさを求めていたのが、 次第に「どういう時間に、どんな気分で飲むか」が基準になっていきます。
テイスティングノートを取るための一杯、 知識を確かめるための一杯から、 一日の終わりに肩の力を抜くための一杯へ。
学ぶための一杯から、休むための一杯へ。
目的が変われば、選ぶ酒も自然に変わっていきます。
年齢・体調・シーンの影響
同じ銘柄でも、 疲れている日と余裕のある日では感じ方が違います。
仕事終わりで頭がいっぱいの日と、 時間に余裕がある休日の夜とでは、 同じ一杯でも受け取る印象は大きく変わります。
体調やシーンが嗜好に与える影響は、 自分で思っている以上に大きいものです。
比較から解放されるタイミング
「どちらが上か」を考えなくなった瞬間、 ウイスキーは一気に楽になります。
スペックや評価を横に置いて、 その日の気分や体調に素直になると、 選択は自然と感覚寄りになっていきます。
比較の物差しを手放したとき、 ウイスキーは評価対象ではなく、 付き合うものに戻るのだと思います。
通ぶる時期が必要だった理由

通らないと戻れない
こじれた時期は、遠回りに見えて必要なプロセスです。
なぜなら、一度「これが正解だ」と思える基準を自分の中で強く持ってみないと、その基準が本当に自分に合っているのかどうかは分からないからです。
一度振り切って深くのめり込むことで、 初めてその価値観の強さや偏りにも気付けるようになります。
だからこそ、 あとから視野を広げたり、力を抜いたりすることができる。
ニュートラルな位置に戻れるのは、 何も分からない状態に戻るからではなく、 一度ちゃんと通ってきたからだと思います。
安井だからこそ、 かつては見向きもしなかったような “ド定番のブレンデッド” の良さに、 ふと気付けるようになるのかもしれません。
現実を思い知るという経験
理想のウイスキーを追い求める時期は、 正直なところ、金銭面でも情報収集の面でも負荷が大きくなりがちです。
限定品や高価格帯のボトルを追いかけ、 評価や背景を調べ続けるうちに、 「好きだから飲んでいるのか、追いかけているのか」 分からなくなる瞬間が訪れることもあります。
そこで初めて、現実的な制約や自分のペースを意識するようになる。
こじれ期に培った経験があるからこそ、 定番ボトルの安定感やコストパフォーマンスの良さに 改めて価値を見出せるようになるのだと思います。
それは妥協ではなく、 選択肢を知ったうえで選び直した結果です。
こじれた分だけ、自由になれる
評価軸を作り、壊し、手放す。
この一連の過程を実際に体験した人ほど、 「何が正解か」よりも 「今の自分にとって心地いいか」を基準に 選べるようになります。
かつては守っていたルールや理想も、 一度本気で向き合った経験があるからこそ、 必要に応じて手放せる。
その結果、 飲み方や銘柄、価値観に対して 過度に縛られなくなっていくのだと思います。
まとめ|変わること自体が、ウイスキーの楽しみ
ウイスキーに、絶対的な正解はありません。
シングルモルトか、ブレンデッドか。 ストレートか、ハイボールか。
どれが優れているかではなく、 今の自分にとって心地いいかどうかが、 その時点での正解なのだと思います。
嗜好が変わることは、ブレたのではなく、 それだけ多くの体験を重ねてきたということ。
こじれた時期も、遠回りに見えた時間も、 振り返ればすべてが今の選び方につながっています。
変わっていく過程ごと楽しめるようになったとき、 ウイスキーはただの酒ではなく、 長く付き合える存在になるのかもしれません。


コメント