ハイボール需要の定着や、ワイン一辺倒だった酒類構成の見直しを背景に、レストラン業態でもウイスキーを強化したいと考える店舗は確実に増えています。
実際、客側の選択肢としても「ワイン以外の食中酒」を求める声は以前より明確になりました。
一方で、現場から聞こえてくるのは、
- 増やしたはいいが、ほとんど回らない
- 説明できるスタッフが限られている
- 結局、好きな人しか頼まない
といった厳しい実情です。
本記事では、レストラン業態でウイスキーを多数扱ってきた実務経験を前提に、理想論ではなく「なぜ失敗しやすいのか」「成立させるために何が必要か」を設計論として整理します。
成功事例の切り貼りではなく、再現性のある判断軸を提示することが目的です。
本記事は、以下の方を向けの記事となっております。
- レストラン業態のオーナー、店長、料理長
- バーではない飲食店でウイスキー導入・強化を検討している方
- ドリンク設計や人員配置に悩んでいる飲食関係者
ウイスキー初心者向けの解説記事ではありません。その点だけ、あらかじめご了承ください。
バーとレストランは、そもそも役割が違う

まず最初に整理しておくべき前提があります。
それは、バーとレストランでは、ウイスキーの役割そのものが異なるという点です。
| 業態 | 主役 | ウイスキーの位置づけ |
|---|---|---|
| バー | 酒 | 滞在目的そのもの。選ぶ・比べる体験が価値になる |
| レストラン | 料理 | 体験の一部。料理を引き立てる補助的な役割 |
この違いを無視したまま、「バーと同じ感覚でウイスキーを増やす」と、ほぼ確実に失敗します。
バーでは、酒を選ぶ時間、話を聞く時間、飲み比べる体験そのものに価値があります。
一方、レストランでは、酒は料理体験を補完する存在です。主役ではありません。
にもかかわらず、ボトル数や希少性だけをバー基準で持ち込むと、レストランでは選ばれない酒が増えるだけです。
まずはこの役割の違いを、経営・設計レベルで明確に意識する必要があります。
レストランでウイスキーを増やすメリット

ワインが苦手な客層を拾える+ロスが少ない
ウイスキーは、赤ワインが重く感じられる人や、甘口・炭酸を好む人にとって、食中酒として有効な選択肢になります。
特にハイボールは、料理ジャンルを問わず導入しやすく、ワインが苦手な層を自然に拾える点が強みです。
加えて、ロス面でも利点があります。
ビールは洗浄時に余剰ビールが発生しやすく、ワインはグラスワインの劣化によるロスが避けられません。
一方ウイスキーは、基本的なロスが氷や炭酸水に限られ、原酒そのものの廃棄リスクが極めて低い酒です。

これは理屈ではなく、実際の現場で明確に体感できる部分でもあります。
- ワインリストしかない店では来店頻度が下がる層を、一定数引き止める効果
- ビールやワインに比べてロス額を抑えやすい点
この点において、レストラン業態における実務上のメリットと言えます。
ペアリング次第で料理の価値を引き上げられる
ウイスキーは、単体で完結できる酒です。
だからこそ、料理と組み合わせることで単に相性を超えた「印象に残る体験」を生み出すことができます。
- 前菜に軽やかなハイボール
- 肉料理にモルトウイスキー
- デザートや締めに少量提供
一例ですが、こうした流れを設計できれば、料理全体の印象を一段引き上げることができます。
重要なのは「合うかどうか」ではなく、「料理体験としてどう組み込むか」。
さらに一歩踏み込むなら、ウイスキーを軸にした「ペアリングコース」という考え方も有効です。
これは一銘柄、もしくは複数銘柄のウイスキーをあらかじめ選定し、前菜からメイン、デザートまでを“決め打ち”で組み込む設計。
都度説明や選択を挟まないためオペレーション負荷が低く、ウイスキー初心者にも体験として提供しやすいのが特徴です。
単品注文では伝わりにくい香味の変化や役割を、コース全体で自然に理解してもらえる点は、レストラン業態と相性が良いと言えます。
安井大前提として料理人の表現力とサービスマンの演出力が必要になりますが……。
世界観・専門性の演出になる
「この店はウイスキーに強い」という認識は、価格やメニューへの納得感につながります。
ここで言う“強い”は、希少ボトルの本数ではなく、店としてウイスキーをどう位置づけ、どう体験に落とし込んでいるかの総体です。
たとえば
- ハイボールの濃さや氷、グラス、提供温度が一定である。
- 料理のどのタイミングで、どのスタイルを勧めるかが決まっている。
- 銘柄の説明では「香りが華やかです」ではなく、料理と合わせたときの相性や銘柄の背景が言語化されている。
上記のようなウイスキーを主軸にした体験を安定して提供することができ、こうした体験を積み重ねていくことが、客にとっての安心と納得になります。
逆に、ボトルだけが増えても、提供基準や提案導線があいまいなら専門性には見えません。
設計(メニュー・導線・基準)と運用(所作・会話・再現性)が揃って初めて、ウイスキーは店の世界観として機能します。
レストランでウイスキーを多く扱うデメリットと落とし穴

想像以上に回らない
最も多い失敗がこれです。
- メニューに載せただけ
- テーブル席中心
- 説明する余裕がない
この条件が重なると、ウイスキーはほぼ動きません。
理由はシンプルで、レストランでは客が酒を「能動的に探す」時間がほとんどないからです。
テーブルに着いた時点で、選択肢はワインかビール、もしくは店が勧めてくる一杯にほぼ絞られています。
そこに説明や視覚的なきっかけがなければ、ウイスキーは検討対象にすら入りません。
結果として、存在していても認識されず、「好きな人が自発的に頼む酒」だけが細々と動く状態になります。
安井ここがワインやビールに比べて難しいところ。おそらくレストランでウイスキーが自主的に選ばれることはほぼないかな……。
スタッフ教育コストが高い
ウイスキーは説明が属人化しやすい酒です。
「詳しい人がいる時だけ売れる」状態になりやすく、忙しい時間帯ほど説明できず、結果として選ばれなくなります。

また、スタッフ側から見ても、ウイスキーはアルコール度数が高く、扱いが難しい酒という印象を持たれやすいのが実情です。
ワインやビールに比べて失敗への心理的ハードルが高く、積極的に勧めにくいと感じるケースも少なくありません。
そのため、ウイスキーをメニューに組み込む場合、最低限の知識共有や提供意図の整理など、スタッフ教育に一定の労力が必要になります。
安井逆におすすめできる人が多ければ、営業成績をどんどん伸ばすことができるお酒だと思います!
数を増やしても売上が伸びるとは限らない
ウイスキーは「増やせば増やすほど売れる酒」ではありません。
中途半端に数を増やすことで、かえって在庫が寝てしまうケースも多く見られます。
一方で、数が少なすぎると「この店はウイスキーを売りにしている」というメッセージ自体が客に伝わらないことが多いです。
数本だけ置かれたウイスキーは、専門性ではなく“ついで感”として認識されやすく、結果として選ばれにくくなります。

つまり重要なのは本数そのものではなく、「売りとして成立する最低限の量」を意識して設計することです。
少なすぎても、多すぎても回らない。
この中間点を見極めることが、レストラン業態におけるウイスキー導入の難しさであり、設計上の核心と言えます。
ウイスキーと相性のいい飲食業態・悪い飲食業態

ここまで読んで、「自分の店はそもそもウイスキー向きなのか?」と感じた方も多いと思います。
ウイスキーは設計次第で武器になりますが、業態との相性が悪い場合、どれだけ工夫しても回らないケースがあります。
以下は、現場経験を踏まえた整理です。
相性のいい業態・形態
| イングリッシュパブ | ウイスキーが文化として受け入れられており、パイントや軽食との距離が近い。説明が最小限でも成立しやすい。 |
|---|---|
| カジュアルバー、バル | 滞在時間が比較的長く、会話と追加注文が生まれやすい。ハイボールや少量提供との相性が良い。 |
| 居酒屋 | 価格帯と飲酒目的が明確で、ハイボール需要が強い。難しい説明をせずとも回転させやすい。 |
| コース主体のレストラン | 提供順が決まっているため、ペアリングや決め打ち提案を組み込みやすい。 |
| カウンターのみ、またはカウンターとテーブルが明確にすみ分けられている店舗 | 視覚・会話・所作が機能しやすく、ウイスキーが自然に選択肢に入る。 |
| 期間限定レストラン・ポップアップ | テーマ性が明確で、ウイスキーを主軸にした体験設計を伝えやすい。 |
| 専門特化のお店 | ウイスキーと関連性がある専門ジャンルなら単価アップやコンセプトの追及がしやすい。 |
相性の悪い業態・形態
| イタリアン、ビストロなど | 料理世界観が完成しており、酒はワイン前提で設計されていることが多い。 |
|---|---|
| 完全テーブル席のみで回転重視のレストラン | 会話・説明・視認性が確保できず、ウイスキーが想起されにくい。 |
| ランチ比重が高く、ディナーの滞在時間が短い店舗(カフェ形態など) | 来店目的が飲食よりも休憩・作業に寄りやすく、アルコール自体が想起されにくい。提案の余地が少なく、単価アップにもつながりにくい。 |
| ドリンクオペレーションを極限まで簡略化している店舗 | ウイスキーの個性を扱う余白がなく、教育コストだけが残る。 |
業態との相性を無視して導入すると、ウイスキーは“努力の割に回らない酒”になります。
まずは自店の形態がどちらに近いのかを冷静に見極めることが重要です。
ただし、ここで挙げた相性の良し悪しはあくまで「設計難易度」の話であり、例外なく成功している店舗も存在します。
たとえばカフェ形態であっても、プロントのようにカウンターやバー機能を明確にすみ分けることで、時間帯や利用目的に応じたウイスキー提供を成立させているケースがあります。
また、ハイボール居酒屋のように、ドリンクオペレーションを極限まで単純化しつつ、ハイボールに特化することで逆に提供効率と回転率を高めている業態もあります。

ウイスキーの幅を広げるのではなく、役割を絞ることで成立させている好例です。
さらに、料理人の高い技術力と表現力、給仕側の接客技術が揃っているコース主体のレストランでも、ウイスキー単独では体験が単調になりやすい側面もあります。
そのため、提供期間を区切る、明確なテーマを設けるなど、緻密なコンセプト設計が成功の前提条件になります。
レストランでウイスキーが回るかは「カウンター」で決まる

カウンター席は作るべき
レストラン業態でウイスキーを多数扱うなら、カウンター席は必須です。
これは雰囲気の話ではなく、ウイスキーが「選ばれる酒」になるかどうかの問題です。
ウイスキーは、下記の条件がそろって初めて動きます。
- 眺められる
- 話題になる
- 会話が生まれる
テーブル席だけの空間では、この条件を満たすことが難しく、ウイスキーが回らなくなる可能性が高いです。
バックバーはメニューそのもの
バックバーは装飾ではありません。
ウイスキーにおける最大のメニュー表です。
視界に入らない酒は、存在しないのと同じです。
メニュー表に詳細を載せなくても、ボトルが並んでいるだけで「選択肢がある」「聞いてもいい酒だ」という認識が自然に生まれます。
逆に、バックバーがなく銘柄が見えない状態では、客はウイスキーを想像できず、最初から選択肢から外してしまいます。
これは価格や説明以前の問題です。
レストランにおけるバックバーの役割は、売り込みではなく“気配を伝えること”にあります。
視覚情報として常に存在させることで、ウイスキーは初めて会話と注文のスタートラインに立ちます。
ウイスキーを回すには「人」が必要

バーテンダー配置は必須条件
レストランでウイスキーを成立させるには、バーテンダーの配置が必須です。
キッチン主導の運営では、忙しい時間帯ほど説明ができず、ウイスキーは待ちの酒になります。
そもそもレストランのホール業務は料理の説明やアテンドがメインで、お客さんとの会話はごくわずかです。
そのため、まだ認知度の低いウイスキーが選ばれることは少ないでしょう。
バーテンダーが立つことで、会話が生まれやすくウイスキーが頼まれる可能性が上がりやすくなります。
- 会話が自然に生まれる
- 売り込まなくても注文される
- カウンターが場として成立する
「上手さ」より「かっこよさ」が重要な理由
レストランで求められるのは、競技的な技術ではありません。
ところが下記のような最低限のかっこよさは必須条件です。
- 静かなステア
- 無駄のない所作
- 安心して見ていられる動き
- キレイなシェイクの音
味の違いを語る前に、客は「この一杯に価値があるか」を所作で判断しています。
バーテンダーの技術や立ち居振る舞いによって、その場が“酒を楽しむ空間”として立ち上がると、客の中でドリンクに対する期待値が高まるという構造です。
静かで無駄のない動き、グラスの扱い方、氷や炭酸への配慮といった一連の所作が積み重なることで、この店なら任せても大丈夫だという安心感が生まれます。
その安心感こそが、ウイスキーを注文する心理的ハードルを下げる最初のスイッチになりやすいです。
ウイスキーを扱う最低条件としての「共通言語」

ウイスキーエキスパート相当の知識は必須
レストランでウイスキーを扱う立場として、ウイスキーエキスパート相当の知識は最低限必要だと考えています。
ここで言う知識とは、銘柄を語れることやウンチクを披露することではありません。
香味の方向性や製法、熟成の違いといった基本構造を理解し、それを料理や提供シーンにどう翻訳するかを判断するための土台です。
- 説明のブレをなくす
- スタッフ間で共通認識を持つ
- 客の信頼を積み上げる
これらを成立させるための共通言語として、一定水準の知識が必要になります。
知識が属人化せず、言葉が揃うことで、説明は短くなり、提案は迷わなくなります。
結果として、接客負荷が下がり、現場全体が回りやすくなります。
安井知識があると説明のタイムロスは確実に減ります。
ただ、語りたくなる人が出てくると、そこは別の問題になります。
結論|レストランでウイスキーを成立させる条件
レストランでウイスキーを多数扱うなら、
- カウンター席がある
- バックバーが見える
- バーテンダーが立つ
- 最低限の所作がある
- 知識の共通言語がある
このどれかが欠けると、ウイスキーは成立しません。
重要なのは、「増やすかどうか」ではなく、「どう使うか」です。
ウイスキーの数ではなく、設計と運用がすべてを決めます。
安井本数をかなり絞っていても、設計が噛み合っていれば成立しているバーもあります。
よくある質問(FAQ)
事業者向け案内
レストラン業態に合わせたウイスキー構成、ペアリング設計、カウンター設計、人員配置の壁打ち相談も行っています。
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